対談記録

822日(土) 19:00-20:30  GUEST:吉池裕美+齋藤名穂

タイムスケジュール

19:00-1915  挨拶+ゲストお二人の簡単な紹介

19:15-19:30 齋藤名穂さんトーク

19:30-19:45 吉池浩美さんトーク

19:45-20:15 3人トーク:名穂さん+浩美さん+井上(モデレーター)

20:15-20:25 質疑応答

20:25-20:30    振り返り/終わり

20:30~21:00 フリートーク 

名穂さんの著書「南インド  キッチンの旅」が私たち三人を繋いでくれました。

 

まずは、本をご購入したい方へ。インドの出版社Tara books と日本の出版社Blue Sheep をご紹介。

TARA BOOKS HP https://tarabooks.com

BLUE SHEEP   HP    https://bluesheep.theshop.jp

*ブルーシープさんでご購入いただきますと、配送料は無料になります。

(Photo by https://mimilotus.net/about/ より抜粋)

齋藤名穂さんの展覧会  アート&シロップギャラリー (930日まで開催中)

https://artandsyrup.com/category/exhibition/


*当日の内容を抜粋してお届けします。

19:15-19:30 齋藤名穂さんトーク

「南インド キッチンの旅」本を制作する馴れ初め

2013年、都内の美術館でタラブックス代表ギータさんを講師に迎え、「本の形」をテーマにしたワークショップが開催されました。このプログラムに参加した時に、ギータさんから「タラブックスへ来て一緒に本を作りませんか?」とお誘いを受けて、本を出版するきっかけになりました。

出版までに約3年。2018年に英語版を初版。2019年に、日本語版をブルーシープさんから出版しました。

初めて、インドのチェンナイに3ヶ月滞在し、本の制作をしました。建築家・デザイナーの視点からキッチンの間取りや道具、料理、家族の風景を記録していきました。


キッチン取材

いつも海外旅行の際は、現地の人々が使う生活用品や場所を気にかけて見ています。インドで過ごした日々は、”なんて優雅な時間なんだろう”と思いました。

そして、現地の南インドの料理は、未知の世界!!

紹介してもらった人々(友達)の家に訪問し、キッチンを見せてもらい、スケッチブックに現地の人たちの生活を事細かく一粒も逃さず書き取りました。

 

TARA BOOKS

チェンナイの海辺沿の街。今から6〜7年前にタラブックス社屋は建設されました。写真は、タラブックス全スタッフ。門番のおじさんから、お掃除担当、公認会計士さん、販売や運送の担当者など。写真中央にいる女性がタラブックス代表のギータさん。本にまつわる様々な役割の人たちが集まって、みんなで作る出版社です。


建築家としてのお仕事

建築設計、建築の中での家具のデザイン、美術館・博物館の教育のためのツールのデザイン、展覧会の会場デザインなど、建築空間を、五感や個人の空間の記憶をたよりにデザインしています。

ホームページ https://u-ni-design.com/aboutより抜粋

*『ルート・ブリュック: 蝶の軌跡』展 (右写真右上)

会場構成(東京ステーションギャラリー)2019年

*『世界を変える美しい本 タラブックスの挑戦』

南インドの出版社タラブックスの活動を紹介する展覧会の会場デザイン。2017-2018年(右写真左下)

*A house in the house tree

設計:Eurekaとの住宅設計のお仕事。ファミリーツリー、家族の記憶の話を聞き、家具スケールで彼らの記憶の空間を作る。(右写真右下)


*『さわる小さな庭園美術館』

2014年秋 庭園美術館のリニューアル時に新設された教育の展示室のための、建築鑑賞のためのカンバセーションテーブル。美術館が邸宅だった時代を触って読める地図、目の見えない人と見える人が一緒に見る地図。

地図を使って建物をめぐる対話型ワークショップも開催。


*「記憶の空間を旅しよう」

ヘルシンキの修士設計で作った修了制作作品。昨年、京都国立近代美術館でワークショップを実施しました。解体された木造家屋の素材をリメイクし、一つの箱にテーブル、椅子などお茶会のための家具、道具一式が収納されています。パーティ(ワークショップ)を開く際は、これらを組み立てることから始まり、終わりは、箱に納めるプロセスを踏んでいます。様々な場所にまるで家ごと旅に出て、この作品をカンバセーション・ピースとして、人の心が繋がるイメージです。ワークショップでは、参加者に自分の家のにおい、音、五感の記憶の引き金になる物を持参してもらいます。それらをみんなで語らい、味わう時間を育みます。五感を通して建築を記憶していきます。


2つの「においのお話」

*マスタードシードの香り*

いわゆる粒マスタードの素。これ自体は、あまり匂いはしないけれど、大きなおたまにマスタードシードと様々なスパイスを入れて、油をいれてテンパリングすると、香ばしい香りがたち、この香りが漂ってくるとご飯の合図!

*煙のにおい* 〜虹のキッチン〜(著書P.78-

チェンナイから夜行電車で行った寄宿舎を兼ねた「虹の学校」。学校の名前が「バービナル」タミル語で「虹」の意味。学校のキッチンは、金網の壁で掘建て小屋のようですが、その機能性はキッチンが稼働するとよくわかります。


虹のキッチンの朝は早く、最初に薪を焚いてチャイを作ります。そうすると、地面がだんだん乾いてきて、自然の中に人の生活が共存していく時間が流れ始めます。火が自然と人をつなぐ役割をしているように思います。チャイを作った後は、朝ごはん、昼食、おやつ、夕食と120名程の生徒と先生のために料理が作り続けられます。薪で料理をするからこそ、その煙が金網を通して吹き抜けて、室内に煙が籠もらない、とても理にかなった構造なのです。

学校からチェンナイに戻り、スケッチブックを開いたらページの間から、いぶされた煙の香りが染み付いていて、消えてしまう前にたくさん吸い込みました。


19:30-19:45 吉池浩美さんトーク

「南インド キッチンの旅」本との出会い

ネパールに行く前に立ち寄ったインド(チェンナイ)で、大切な友人からプレゼントしてもらいました。名穂さんの文章、写真、スケッチが素晴らしく、南インドの香りを感じられ、この本に一目惚れしました。10ヶ月間、ネパールに滞在中、息抜きでチェンナイに行くことが幾度かあり、タラブックス社屋にも訪問し、とても素敵な空気感だったことを覚えています。南インドで過ごした時間は、今に繋がる良い時間でした。


紅茶/チャイとの出会い

鎌倉で13年間紅茶専門のお店(カフェ)を経営して、ワッフルなどの御茶菓子やお料理教室を開いていました。

人生初の”紅茶との出会い”は、30年以上前、私がまだ中学生の頃に行ったネパールでした。

思春期の頃、新しい生活に馴染めずにいた自分に、両親が「広い世界をみてきたら」とネパールにいる親戚のところに行くことを勧めてくれました。その時見た光景は、今でも色濃く記憶に残っています。

初めて滞在したネパールでは、約3週間山で生活し、シェルパ(登山者の荷物を運ぶお仕事の人)が薪を焚いて、1日数回チャイをボロボロの鍋で煎れてくれました。その時のチャイの味が美味しかったかと言うと・・・・わかりませんが。何よりも、人種も違う外国から来た自分を受け入れ、チャイを振る舞ってくれたことが、本当に嬉しく感動したのです。その時、将来、私は紅茶屋になろう!と決めました。

ネパール再訪/チヤパサル

下記写真:吉池浩美さんHP https://mimilotus.net/about/ より抜粋

チヤパサルとは、(チヤChiya=お茶・パサルPasal=お店)ネパール語で『お茶をするお店』つまり、チャイ屋さんのことです。

 

磯淵猛氏の「紅茶専門店ディンブラ」で修行し、2005年に自分のお店をオープン。最初の5年は邁進し、お店の経営に打ち込めたのですが、10年目を迎えた時に悶々として、もう一度ネパールに行こう!と思い立ったのです。

2017年、ネパール現地の人たちに自分のチャイを飲んでもらいたいと、ショートトリップでネパールへ。現地のチャイ屋さんに訪問したり、自分のチャイを淹れて現地の人たちに振る舞った経験がとても刺激的で、普段、自分のお店でお茶を振る舞う経験とは異なるワクワク感と刺激に満たされ、私は、次のステージに進みたいと思ったのです。


お礼旅の始まり

そして、20186月にお店に幕を閉じ、約10カ月間のネパール:チャイの旅が始まりました。ネパール全土を旅しながら多くの人たちにチャイを振舞いました。

旅のスタイルは、45ℓのリュックに現地で調達した卓上ガスコンロ、ガスボンベ3本。チョコレートシロップを3、4本。スパイスと茶葉は現地で調達しました。

私が日本で紅茶店を営んでいたルーツ、原点はここネパールにあり、現地の人たちに無料でチャイを振る舞い、とにかくお礼をしたかったのです。


チャイがつなぐ温もり

滞在期間中、一人でも多くの人に一期一会でチャイを飲んでもらいたい。と学校や路上など、様々な場所、全部で35~36カ所に訪問し、チャイを振る舞い続けました。時に、100人程の村人が集まり、飲み終わったら、サッと散っていく様子も面白かったです。チャイ屋さんで、カフェ経営希望の若者たちに紅茶教室を開き、チャイのアレンジ方法や、お茶の淹れ方も教えました。

合計で1000人以上には振る舞うことができました。


日本に帰国して1

コロナウィルスが大流行するまでは、日本でも同じように様々な場所でチャイを振る舞っていました。日本では、ちゃんとお金をもらいます。

左写真は、浅間山でチャイを振る舞っている様子です。

コロナウィルスの影響で、人が集まるイベントができなくなりましたが、ネガティブに考えず、これからのことを考えて過ごしています。やはり一つの場所(お店)を守る難しさと大切さを学び、旅に出たからこそ、今度作る新たな拠点は、実家でもある信州に新しいスタイルで、自由度を兼ねた「箱=空間」を作りたいと思っています。カフェ機能は継続し、今度は、チャイを専門にチャイに合うお菓子を作っていく予定です。


19:45-20:15  3人トーク *写真をクリックすると対談ページに移行します。

Nao Saito  

Hiromi Yoshiike   

Hisako Inoue